今日は祝日。いつものことだが仕事の日。お盆も土日なら休みだけど今週は土曜も仕事。
つぶやき補足
見る側の視点としては面白いと思うし、そう見るのが腑に落ちる。
— 三浦 久志 (@racchie) 2022年8月11日
YouTuberとしては気に入らないでしょうね。無駄遣いを正当化するためにYouTuberになっているのなら。
散財系YouTuberが支える、貧しき国のカタチ:小寺信良のIT大作戦 - ITmedia NEWS https://t.co/6PFjbPuEIZ
今朝トイレで*1見ていた記事。
ライフログ系のYouTuberって基本的に自分の承認欲求を満たす手段としてYouTuberやってると思っていて、だからコンテンツとして興味が持てないわけですよ。あくまでも俺はね。だって、他人の生活なんて覗いたって面白くないじゃない。その辺の兄ちゃん姉ちゃんがテンションアゲアゲで「はいどーもー」とか言ってテレビ番組の模倣とかやってるわけ。兄ちゃん姉ちゃんならまだいいけど、いい歳こいたオッサンがボソボソと喋ってるのなんて何の価値があるのかわからない*2。だったらプロが演じてプロが作ったテレビ番組を見る方がよほど面白い。
「開封の儀」なんて最たるモノと思っていて、ただ買って、指紋が付かないように手袋して梱包解いて「ああこれ手触り超イイですね*3」とか毒にも薬にもならないコメント吐いて、ついでにアフィリンクつけて動画アップして、動画編集が終わればさっさとメルカリに出品するんでしょ?その利益いくらくらいなの?と聞きたくなる。そんなのを「副業」とか言ってるわけだよ。まぁ1日あたり500円も稼げるって言うならパチンコよりは割がいいバイトかもしれないけど、なんか空しいよね。「経済回してる」って言ってるけど、それって回してるのは経済じゃなくて買ったモノでしょ。横流ししてるだけ。海外でも昔から「開封の儀」をやっているとか言う人もいたけれど、スポンサーがついていることも多いからね*4。
マーケ目線で見ると、消費意欲が増す可能性が高まるから本当はスポンサードという形でもいいからインフルエンサーに商品を送ってレビューしてほしい、と思うはずなのだけれど、今の日本ではそれを「ステマ(ステルスマーケティング)」と忌み嫌う傾向があって*5、「一消費者目線で買ったモノを晒す」、そしてそれを消費者としてレビューする(繰り返しになるが、そのコメントは正直クソみたいな当たり障りのない内容だけど)のがウケている、ということなんだと思う。
もっとも、「大量消費」をすることで「経済を回す」という考え方自体を俺自身が受け入れられない。カネ持ってるからそれを使わなければいけない、というのがそもそもおかしい気がする。欲しいものを買うわけじゃない、ただ無意味に消費するだけ。仮に元が取れるとしてもだ。カネが自分のところに戻ってくるだけ。何ならそれは「消費」ですらないのではないか。
若年層の購入欲求に対する代償行為、というのは切ないけれどわかりみではある。でも、それで満たされるというならそれでもいいのではないだろうか。あえて所有することで無駄遣いをするよりもっと有意義なことにカネを使えばいいし、そのために動画を消費することで自分が消費した気分になれるというならそれも幸せなのかもしれない。そしてもっとカネが稼げるようになってからそんな大量消費をしなくてもよくなれば、豊かな生活を謳歌できるだろうよ。
片付けの話
前段で消費がどうこう言いながら、俺自身はどうかと言えばカネがあれば使いたい、と思うクチで、どちらかと言えば無駄遣いをするタイプではある。だからモノもあふれてしまうし、衝動買いで必要のないものも買ってしまう。最近はだいぶ落ち着いてきた気もするけれど、それでも「吟味して買う」ことはあまりない気はしている。
だから部屋にいろんなモノが転がっているのだけれど、最近はそう言ったモノが邪魔に感じるようにもなってきていて、「片付けなきゃ」→「コレは捨てられない」→「いったん保留」→「モノが溜まってきた」→「片(ry」というループにハマってしまっている気もしている。実は数年くらい前からその対策もしていて、いわゆる「片付け/整理の基本」を守ろうとしているだけなのだけれど、
- モノの置き場所を固定すること
- 収納場所を減らすこと
ということをやっていて、それがモノ自体の削減につながってはいるようには思っている。実際に片付けをしていると、昔と比べるとゴミであったり不要物が確かに減っているし、かと言ってモノがないわけではなく、むしろ「こんなものも持ってたのね」と思うような気分にすらなる*6。もう少し片付けを進めていけばかなり落ち着くだろう。